佐々陽太朗のチャリチャリ日記

人生いたるところに夏休みあり。佐々陽太朗の自転車日記。60歳と6ヶ月で仕事をリタイア。目指すはピンピンコロリ。死ぬまで元気なジイサンでいたい。輪行自転車旅、ポタリング、日々のトレーニングなど。

チャリンコで東北へ(12日目は新幹線で輪行)

2024/04/07

 チャリンコで東北へ行く旅、12日目は輪行で帰る。秋田から東京へは秋田新幹線・こまち18号(秋田10時07分→東京14時08分)、東京から姫路へは東海道・山陽新幹線・のぞみ75号(東京14時48分→姫路17時45分)に乗車。秋田新幹線は初めて乗った。秋田から姫路まで乗り換え1回7時間強で帰ることができるとは、便利になったものだ。

 まずは腹ごしらえ。朝7時から開いている駅そば『しらかみ庵』に入った。旅をしていると朝食に困ることがたびたびある。ビジネスホテルの朝食はおいしくない。かといって早朝から開いている店を探すのは大変だ。その点、駅そばは早朝から開いていることが多いし、ダシのきいた汁でたぐるそばはなかなかうまい。コスパも良い。私のような者にはまことにありがたい店が駅そばだ。メニューを見て評判が高く売り切れてしまうらしい「しらかみネギそば」あるいは秋田の郷土食であるぎばさを使った「ぎばさ蕎麦」にしようかと思ったが、季節限定メニュー「あさりかき揚げそば」に心惹かれそれにした。かき揚げもあさりも大好物なのだ。

 お腹が満たされたあとは帰り支度。2度目の袋詰めなので不安もなく完璧な仕事。

10:06 ホームに到着した秋田新幹線は赤だった。東海道・山陽新幹線にしか乗ったことのない私には斬新に映った。カッコイイ。

 新幹線に乗車後はリラックス。携えてきた本を読みながら酒を飲む。酒は『阿櫻』。肴は「燻りがっこ」。酒の後は「いなり寿司」。本と酒とうまいもんがあれば何時間でも幸せに過ごせる。自動車は嫌いだが、鉄道、バスの旅はいいもんだ。

 姫路駅ではつれ合いが迎えに来てくれていた。ありがたい。

 

チャリンコで東北へ(11日目は秋田へ)

2024/04/06

 チャリンコで東北へ行く旅、11日目はいよいよ秋田県に入った。自宅に帰らねばならない期日までもう一日残ってはいるが、姫路まで帰ることを考えると秋田駅から新幹線を使うと超便利、東京駅での乗り換え1回8時間ほどで姫路駅に到着する。訪れたいと思っていた八郎潟男鹿半島を目前に旅を終えるのは些か残念ではあるが、その先の青森県も含め次の機会の楽しみにとっておくことにした。

 今日走ったルートは下の地図のとおり。県境の遊佐町を越え秋田県に入り、由利本荘から秋田へと海岸線を走るルート。若干のアップダウンはあるもののほぼ平坦な道程。走行距離は約90km、総上昇量538mであった。

7:00 朝食。今日も快晴。昨夜、ご飯を茶碗に山盛り4杯食べおひつを空っぽにしたので、今朝はその5割増しぐらいのご飯がおひつに入っていた。申し訳ありません。2杯しか食べられませんでした。ただそうしたお心遣いをいただいたこと、ありがたく感謝しております。

7:40 湯の田温泉を出発。国道7号線を秋田に向け北上。海岸線を走っていて感じたのは風力発電機が多く設置されていること。穏やかな天気だったからだろう、半数ほどしか羽根が回転していない。こんな稼働率で大丈夫なのだろうか。確か昨年、海上風力発電設備を建設するという話もあったと記憶している。安直に再生可能エネルギーを賞賛し、巨額の予算を投じ続ける価値があるのだろうか。この春から再エネ賦課金が増額され、一般家庭でも月額1,000円程度電気代が増えるとニュースで聞いた気もする。脱原発自然エネルギー礼讃イデオロギーの行き着く先は、電気代高騰による産業空洞化だろう。ドイツの例を見れば明白。なのに日本は今ごろになって周回遅れでヨーロッパの失敗の二の舞を演じようとしているように見える。すでに再生可能エネルギーは巨大な利権になっていて、走り始めたら止まらないのだろう。きれい事の裏は金、金、金だな。といったことを美しい海岸線の景色を眺めながら考えてしまった。

8:00 山形県秋田県の県境を越える。

 国道7号線象潟町小砂川あたりを走りながら眺める鳥海山は美しい。今日は天気が良いので雪が眩い。

10:10 「ローソン にかほ平森店」でエネルギー補給。お茶は伊藤園の「おーいお茶 濃い茶」。カテキンの効果で体脂肪を減らすのだとか。カロリーをとりながら体脂肪を減らしたいなどと、まるでアクセルをふかしながらブレーキを踏むような行為ではないか。私はなんと矛盾した存在なのかと自嘲する。

10:20 「飛良泉」の蔵元の前を通る。


11:30 三川道路公園からの景色。遠くに島のようなものが見える。おかしいな、こんな所に島があっただろうかと不思議に思って、近くにいた地元の人に訊くと男鹿半島なのだとか。なるほど。肉眼では見えていても写真ではほとんど写らないのが残念。

13:00 「道の駅 岩城 アキタウミヨコ」で昼食。

15:00 秋田駅前に到着。この旅の終着点をここにした。今夜は名居酒屋と名高い『酒盃』で酒を飲み、明日の新幹線で姫路に帰ることにして、新幹線の指定席を購入。

18:00 居酒屋『酒盃』で酒を飲む。噂に違わず肴がうまい。酒もご当地のものを取りそろえている。文句なし。旅の締めくくりにふさわしい夜となった。

 



チャリンコで東北へ(10日目は酒田をポタリング、そして秀峰鳥海山をいただく遊佐町へ)

2024/04/05

 チャリンコで東北へ行く旅、10日目は鶴岡を離れ赤川沿いに下って酒田、そしてさらにその先秋田県との県境の町である遊佐町まで走った。早朝は霞がかかってうっすらとしか見えなかった鳥海山も徐々にその輪郭をハッキリと見せ始め、昼頃からはこれ以上ないほどの晴天の下、真っ白な雪をいただく姿を惜しみなく見せてくれた。

 酒田市では市内をポタリングして「最上川」「山居倉庫」「山王クラブ」「土門拳記念館」と観てまわった。そして酒田市から遊佐町へは鳥海山を眺めながらのサイクリング。遊佐町に入ってからは「丸池様・牛渡川」「十六羅漢岩」と観光名所を二カ所観てまわった。

 赤川を下って酒田へ、そして遊佐町へ至る鳥海山を眺めながらのコースは一昨日訪れた居酒屋『すたんど割烹みなぐち』のご主人から教えていただいたもの。ご主人もロードバイクで走られるとのことで、鶴岡から秋田方面に向かうならこのルートが良いと推奨いただいたのである。

 一日の走行距離は約69km。ほぼほぼ平坦な道程であった。

5:50 赤川にさしかかる。三川橋を渡って赤川の土手沿いを酒田方面に走る。早朝ならば月山の姿を見ることができるかと期待したのだが、朝靄のベールにつつまれ見えなかった。残念。

 赤川の土手沿いを鳥海山に向かって下る。肉眼では向かう先に鳥海山が聳えているのが見えるのだが、写真ではほどんど判然としない。残念。しかし、気高く聳える鳥海山に向かって走るのは気持ちが高揚する。

 赤川の土手にはフキノトウや土筆が群生している。春の野草を食べたければ取り放題。このあたりではめずらしくもなく誰も見向きもしないのだろう。

6:45 ファミリーマート庄内三川店でサンドイッチとコーヒーの朝食。

8:00 最上川にさしかかる。川向こうはるか先に鳥海山の姿が美しい。ただ、写真ではハッキリしないのが残念。それにしても最上川ってこんなに小さいのかと疑問に思う。実はこの後もう少し走って分かったのだが、これは支流(京田川)であった。

8:10 これこそが最上川。出羽大橋を渡る。

 出羽大橋を渡ると酒田市街。街の向こうに鳥海山が聳える。

8:20 山居倉庫。今も現役の農業倉庫とその建物を使った土産物売り場や食事処がある。欅並木が見事。

8:40 酒田港「みなと市場」。開店時間9:00を待って二回目の朝食「赤身中トロ丼」を食べる。

「山王クラブ」に向かう途中「上喜元」の蔵元である「酒田酒造」の前を通りがかった。

9:40 「山王クラブ」。「山王くらぶ」は港都酒田を代表する料亭で明治28年に建てられた。国の登録有形文化財となってる。「酒田傘福」と辻村寿三郎氏の人形が常設展示されていた。

「山王クラブ」に「土門拳記念館」の展示会ポスターが貼ってあり、植田正治氏の写真との企画展があることを知った。植田正治氏のファンで鳥取の大山の麓にある「植田正治写真美術館」に何度も行った私としてはこの機会を逃す手はない。もと来た道を少し戻ることになるが「土門拳記念館」に向かった。「土門拳記念館」は最上川にほど近い飯盛山公園の中にある。公園の中にはスポーツ施設や美術館もあり酒田市民の憩いの場であるようだ。美術館の前の広場から池越しに鳥海山の雄姿を観ることができる。

土門拳記念館」では「植田正治土門拳 巡り会う砂丘」という企画展が展示されていた。効果を計算して演出する植田正治の手法と非演出のリアリズムにこだわった土門拳は対照的な写真家。方向性はほぼ正反対でも、植田と土門は互いに交流があり、お互いを認め合っていたようだ。展示されていた写真には「植田正治写真美術館」で観たものも多かったが、改めて対比してみるとワクワクするほどの面白さがあった。お互いが相手をリスペクトしつつ負けまいと気を張っているのが感じられた。

 最上川をもう一度北へと渡り直す。遠くにうっすら見える山の姿は方角からしておそらく月山であろう。知らんけど。

 国道7号線を遊佐町方面へ走っていると「本間ゴルフ 酒田工場」があった。町を巡って気づいたことだが、酒田市では本間氏の勢力が絶大であるようだ。昨夜訪れた鶴岡の居酒屋「いな舟」の女将も本間ゴルフの創業者が酒田本間氏の末裔であるようなことを言っていた気がする。酔っていてよくは覚えていないけれど。

12:50 遊佐町に入る。いよいよ鳥海山が近くはっきりと見えてきた。

14:10 「丸池様」。さすがは鳥海山の麓。湧き水の透明度がすごい。

 海岸線を北上。

14:45 「十六羅漢岩」。

15:00 予定より早く旅館に到着。第一印象は古く寂れた温泉旅館という印象で、その印象ははずれてはいなかったが、素朴で温かい気遣いがありゆっくりくつろげる旅館であった。二食付きで素泊まりのビジネスホテルとさほど変わらない料金なのだから、施設設備が古いのはまったく問題ない。いや却ってそれが風情といってよく、潮騒を聴きながら過ごした一夜はすばらしいものであった。

 純和風の部屋。すぐ外は海。イソヒヨドリだろうか、良い声で鳴いている。

 15時でも、既に風呂は入れる状態であった。一番風呂で貸切状態。海を観ながら湯船につかり、疲れた体をほぐす。最高の贅沢だ。

 風呂上がりのビール。自転車旅のヨロコビのひとときがこれだ。

18:00 夕食。派手さはないが地のものを使った心づくしの料理。すべておいしくいただいた。酒は「初孫」。酒田市の蔵元「東北銘醸」の銘酒。この蔵の酒は全量生酛造り。

 ご飯はおひつに入れて持ってきて下さったが、茶碗に山盛りで4杯分たっぷりあった。今朝9時に丼をいただいてからなにも食べていなかったこともあってすべて平らげてしまった。山形の米のうまさがそうさせたのかもしれない。しかし、おそらく旅館にすれば想定外だっただろう。

 酒に酔い、苦しいほどたくさんご飯をいただいた私は、部屋に戻るやいなや潮騒につられて翌朝までぐっすり眠った。

 

チャリンコで東北へ(9日目は藤沢周平ゆかりの鶴岡で美酒を)

2024/04/04

 チャリンコで東北へ行く旅、9日目は丸一日鶴岡で過ごした。まずはなんといっても「藤沢周平記念館」。午前中をここで過ごした。

 入ってすぐ小説の場面にちなんだ風景写真がモニターに映し出される。すべて庄内地方のもののようだ。美しい。藤沢作品を読むとこうした古き良き日本の風景を思いうかべることができる。そしてそうした風景は今も山形に、この庄内地方には残っている。次に藤沢の小説世界の紹介。時代小説、歴史小説、伝記小説、随筆・俳句といった分野ごとに魅力を解説してある。藤沢小説の魅力は何といっても時代小説だろう。それも下級武士や市井に生きる人々の矜持や心意気を描いたものが良い。解説を読みいちいち頷いた。東京練馬区にあった自宅から移築し再現した書斎も展示されていた。パーカーの中細万年筆、インクはブルーブラック、原稿用紙は市販のコクヨ、など会ったことのない藤沢氏を身近に感じることができた。心温まった展示が湯田中中学校での教え子たちとのクラス集合写真や奥様、お嬢様と砂浜に腰掛けた家族写真。ほんわか微笑ましい。奥様、お嬢様との家族写真は直木賞を受賞したころのもの。藤沢氏とて順風満帆の人生だったわけではない。中学は働きながらの夜間部だったし、師範学校卒業後教師になったのも束の間、肺結核を患い闘病生活、恢復しても教師への復帰はかなわず東京で職を転々とした時期もあったという。それだけに直木賞をとったころの家族写真が幸せに満ちているように映った。藤沢作品はほぼ全て読んだつもりでいたが、館をまわってみて、やはり未読のものが見つかった。『春秋山伏記』である。館で買いもとめることができた。

 昼食は『庄内ざっこ』で「麦切り」を食した。「ざっこ」とは庄内の言葉で魚のことなのだとか。では「麦切り」とは何か。昔は各家庭で麺を打って食べており、そば粉を練って切ったのを「蕎麦きり」、小麦を練って切ったのを「麦きり」と呼んだ。庄内地方では小麦を育てている農家も多かったらしい。つるりとした細麺でコシがある。「麦切り」ができあがるまで、山形の酒を利き酒。まずは「大山 特別純米酒 十水 大にごり」。口に含むとボリュームがあって優しくクリーミーな味わい。ガス感が残っており舌にピリッとくる。酸味もあり後口は意外とさっぱり。続いて「上喜元 神力」。酒米の神力は兵庫県御津町発祥の米。「龍力」(本田商店)ではなじみの酒米だが、まさか山形で出会うとは。ほどよい甘みとスッキリとした酸。いくらでも飲んでしまいそうな飽きの来ない味。最後に「栄光冨士 純米大吟醸 無濾過生原酒 愛山」。「愛山」も兵庫県産の酒米。甘めの酒を醸す好適米だ。これはラベルも華やかだが、味も華やかな酒。派手好きにはたまらない酒だろう。食前にちょいと飲むといいかな。

 昼から酒を飲んでしまったので、午後は自転車を控えた。旅行中に髪の毛が伸びむさ苦しいと感じていたので床屋に行き散髪とシャンプーをしてもらった。夕方から居酒屋を予約しているので、それまでホテルで洗濯。衣類をすべて洗って心身ともにさっぱりした。

17:00 予てより行きたいと思っていた居酒屋『いな舟』で飲む。時間帯が早いので、女将と一対一で話ができた。なかなかできない経験でありがたかった。

 まずは「大山 純米 十水」。鶴岡の酒だ。芳醇でふくよかな味。食中酒として抜群です。こちらでも昨夜の「みなぐち」と同じくお通しは「エゴとウルイの酢みそ和え」が出てきた。どうやらこの辺りの居酒屋で春の味のようだ。

「十水」をすいすい飲みきってしまった。続いても鶴岡の酒、冨士酒造の「純米酒 生酒 なまいき」(300ml)。刺身は白身の三種。鯛、平目、鱸かな。「ばんけ味噌」「野人参のごま和え」「青菜(せいさい)の煮びたし」も出してもらった。「ばんけ味噌」はフキノトウを味噌に和えたもの。野人参はどんなものかと訊ねると、山に行くといくらでも生えているそうだ。青菜というものを知らなかったのでどんな菜なのか訊いてみると、高菜に似たかたちをしているがもっと大きく、高菜よりもやわらかいらしい。庄内地方では秋にたくさん漬けて冬の間食べるらしいが、春になると発酵が進んで酸っぱくなるのだが、水につけて塩抜きして煮るとおいしいのだとか。こうした地方色がある家庭的なものがうれしい。

 春告魚「目張の煮付け」も注文。

 もう一種、鶴岡の酒をと「出羽ノ雪 IGO(イ号) 特別純米酒」を注文。フレッシュな飲み口、甘めでやわらかい酒でした。

 〆に「孟宗汁」をいただく。まだこの時期の鶴岡にタケノコは生えていないが、九州のものを使っている。タケノコ、油揚げ、しいたけなどを酒粕と味噌などで炊いた汁。この地方の郷土料理だ。

 女将とゆっくり話をし、庄内地方の郷土料理に舌鼓を打ちながら地酒を飲む。思いがけず贅沢な時間を過ごすことができた。鶴岡に二泊して『いな舟』におじゃました甲斐があった。

 

チャリンコで東北へ(8日目は鉄道輪行で鶴岡まで移動、夜は『すたんど割烹みなぐち』)

2024/04/03

 チャリンコで東北へ行く旅、8日目は柏崎から鶴岡までワープ。今日の新潟地方の天候があまり良くないので輪行して鉄道移動したのだ。新潟や村上にも行ったことがなく興味津々ではあるが、体を休める日と割り切って一気に山形県鶴岡市に行き、鶴岡で二泊することにした。鶴岡市といえば藤沢周平の出身地。ファンとしては小説舞台となった庄内にゆっくりと滞在したい地でもある。

 7:00に朝食をいただき、早々に宿を出発。余裕を持って輪行の荷造りと乗車券の発券をしてしまい、駅でゆっくり本でも読んで発車時刻を待つことにした。今乗っているグラベルロード(BASSO)を輪行袋に収納するのは初めてなので手間取ることも想定してのこと。前に乗っていたロード(bianchi)はクイックリリース式で輪行には慣れっこだが、スルーアスクル式には不慣れというか未経験だ。事前にYouTube動画で充分予習してきたが、若干の不安がある。しかもブレーキがVブレーキではなくディスクブレーキのものなので若干の気遣いが必要だ。

 柏崎駅に向かう。昨日上越市に入る前からずっと見えていた米山ともこれでおさらばだ。

8:45 柏原駅に向かう途中、原酒造の前を通りがかった。この蔵の醸す酒「越の誉」は私がまだ20代のころ通い続けた居酒屋に置いていた酒で、それ以来愛飲しているもの。昨夜も飲んだ。

8:50 柏崎駅に到着。輪行準備にかかる。スルーアスクル式といってもそう複雑なことはなく、30分もしないうちに荷造りができた。駅の待合室で角ハイを飲み、本を読みながらゆっくり時間を過ごす。読んだ本は『天ぷらにソースをかけますか?―ニッポン食文化の境界線』(野瀬泰申:著/新潮文庫)、今回の旅先で読もうと家から持ってきたものである。この本の「天ぷらにソースをかけて食べるかどうか?」問題の境界線は糸魚川ー静岡構造線(フォッサマグナの西端)とほぼ一致するということだが、なるほど柏崎はそのすぐ東側に位置し、昨日の夕食に出てきた天ぷらには天つゆが付いていた。本書に書かれたことは事実なのであろう。

 柏崎駅からは「特急しらゆき3号」(11:15発)に乗車し、新潟駅で「特急いなほ5号」に乗り継ぎ鶴岡駅に付いたのは14時30分であった。

 鶴岡駅で自転車を組み、市内を散策し今晩行く居酒屋をどこにするか物色してまわる。

 路地を縫って市内を散策していると『般若寺』に出くわした。立て札がたっており、藤沢周平の『凶刀 用心棒日月抄』に登場する場所だという。定かな記憶ではないが、20年ほど前に読んだと思う。本好き、藤沢周平推しの私にとってはこんなことが溜まらなくうれしい。鶴ヶ丘城跡にある『藤沢周平記念館』へは明日行くことにしている。この寺の近くに『すたんど割烹みなぐち』という居酒屋を見つけた。蔵を改装した造りが良さげだ。今夜はここにしようと決め、宿泊するホテルに向かった。

17:00 『すたんど割烹みなぐち』に入る。

 酒は「初孫」。突き出しに「ホタルイカ、エゴ、ウルイの酢みそ和え」。「エゴ」は初めて食べるが寒天のような食感。やはり海藻(エゴ草)から作るらしい。

 刺身(蛸、平目、まぐろ)。

 豚角煮。うまかったなぁ。

 酒「大山」の燗。

「にしん塩焼き」。白子がたっぷりでうまかった。

 写真は撮り忘れたが、〆は「弁慶飯」。どんなものか知らずに注文したのだが、味噌を塗ったおにぎりに青菜の漬物を巻いて網で焼いたものであった。青菜は「せいさい」と読む。

 酒も料理もたいへんおいしゅうございました。

 

チャリンコで東北へ(7日目は糸魚川から柏崎へ)

2024/04/02

 チャリンコで東北へ行く旅、7日目は糸魚川から柏崎まで走った。昨日富山県から新潟入りしたのだが、新潟は広い。富山県との境から山形県との境までの海岸線がひたすら長い。柏崎まで行っても新潟に入ってから抜けるまでの距離の三分の一のところでしかない。私にとって新潟を訪れたのは今回が初めてのこと。走っても走っても海岸線、それが新潟の印象だ。 

 今日走ったルートは下の地図のとおり。海岸線の道は国道8号線だが、その8割方の道程に自転車歩行者道が整備されている。関係市町に理解があるのか、県の職員にたまたま自転車愛に満ちた方がいたのか、あるいはこの辺り選出の衆議院議員高鳥修一先生が偉いのか知らないが、富山から新潟にかけての自転車道整備状況はすばらしい。ちなみに私、最近になって高鳥先生が「LGBT理解増進法案反対」姿勢を貫かれたことに感服しております。他にも「憲法改正に賛成」「集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成」「日本の核武装について、今後の国際情勢によっては検討すべき」「原子力発電所を再稼働すべき」「選択的夫婦別姓、どちらかといえば反対」等々、まさに保守本流のご主張、全面的に支持いたします。私が新潟県民であれば、清き一票をぜひ高鳥先生に差し上げたい。そう思っております。

 話がチャリンコから逸れてしまった。今日走った道はちいさなアップダウンが在るもののほぼ平坦で、きつい峠は柏崎市米沢町の聖ヶ鼻のあたりだけ。

 一日の走行距離は約85km、総上昇量568mであった。

 今日の朝食はホテルのもの。ビュッフェ形式だかバイキングだか知らないが、安ホテルの朝飯はこんなものです。「文句を言わずに栄養補給に徹すべし」と心得ております。

 7時過ぎにホテルを出発。糸魚川市内を走っていると「池田屋酒造」があった。そういえば昨夜飲んだ酒はこちらの「謙信」であった。

 糸魚川市中心街を出て国道8号線に出る。

7:30 早川河口あたりから東を望む。方角からして気高い山々は妙高戸隠連山か。知らんけど。

 

 早川を渡るとすぐに「久比岐自転車道」に入る。「久比岐自転車道」は、旧国鉄北陸本線の線路跡地を利用した、国道8号に沿って走る自転車と歩行者の専用道路。糸魚川市中宿から上越市虫生岩戸まで全長約32kmにわたって海沿いを走るルートとなっている。

 

 国道8号線を走る自動車を見下ろすかたちで走るのは気分が良い。

 自転車道にはこうしたトンネルがいくつもある。昔はここをSLが走っていたのだ。

8:30 「道の駅マリンドーム能生」に到着。まず「とっとこ岩」と船「越山丸」が見える。「とっとこ」とは糸魚川あたりの方言でニワトリのことをさすらしい。ニワトリに見えなくもない。「越山丸」は新潟県立海洋高等学校(旧県立能生水産高等学校)の実習船として活躍した船らしい。

 再び久比岐自転車道にもどる。

 自転車道に「全面通行止」の立て看板。見なかったことにして通り過ぎる。

9:00 上越市に入る。振り向けば雪をいただく山、おそらく妙高山であろう。

 煉瓦造りのレトロなトンネル。

 本当に行き止まりになってしまった。今年年明けの大地震で崩れたようだ。

 やむを得ず国道8号線を走り、しばらくして自転車道に戻った。

10:10 上越市直江津の町が見えてきた。町の向こうに「米山」が聳える。

11:00 直江津

 直江津から柏崎へも海岸線を走る。

11:20 上越市大潟区で通りがかりに酒蔵を見つけた。「竹田酒造店」という蔵であった。新潟にはめずらしく甘口の酒らしいが、チャリンコ旅で味見はかなわない。「かにふね」という酒、いずれ取り寄せて飲んでみたい。

12:10 上越市柿崎の「中野茶屋」という定食屋で昼食。たまたま通りがかりに見つけた店だったが、刺身も鶏から揚げのあんかけもあさりの味噌汁もたいそううまかった。

13:00 柏崎市に入る。宿までもう少し、今日は楽だったなと思ったらここからが大変だった。

 米山町に入ってすぐ国道8号線から逸れ旧道を行くことにした。8号線のトンネルは大型車の通行も多いので、できれば避けたい。峠(聖ヶ鼻)を苦労して越えようとしたがどうも道が怪しい。たまたま妙高山と岬の写真を撮っている人を見かけたので、この先を抜けることができるかどうか訊ねてみると、無理だということであった、8号線に戻ってトンネルを通るのが唯一の道だという。なんでも中越大震災までは通行できたのだが、震災で崩れてしまったのだとか。仕方がないのでここまで上ってきたという印に写真だけ撮って、8号線のほうへ下っていった。肉眼では岬の先に妙高山が見えていたのだが、写真では写らないのが残念。

 唯一の通り道であるトンネルはこんな酷い様子。歩行者、自転車用の通路が途中で途切れてしまっている。この先は人ひとりがなんとか歩行できる通路があるのみ。仕方なく車の通行が途切れるのを待って、車道を走り出した。後ろから迫ってくる車の音が圧迫感を増す。

 トンネルを越え、しばらく走って「聖ヶ鼻」を振り返る。なるほどこれは通行できそうもない。

 国道8号線をこのまま走って行くともう二つトンネルを越えなければならないので、もう一度旧道を行くことにした。曲がりくねった道を下ったり上ったり労力がかかったが、そのかわり身の危険はない。まだ予約した旅館に入るには早すぎる時間だ。ゆっくり行けば良い。

15:00 鯨波駅と柏崎駅の間にある旅館に到着。一番風呂に入りゆっくりする。

16:00 夕食。素泊まりのビジネスホテルなみの値段でこの夕食と明日の朝食が付いている。文句なし。酒は「越の誉」の生貯蔵酒を飲んだ。

 

チャリンコで東北へ(6日目は富山から糸魚川へ)

2024/04/01

 チャリンコで東北へ向かう旅、6日目はから富山から糸魚川まで走った。

 まずは北へ神通川の河口にある岩瀬港に向かい、海に出たらあとは海岸線を東へ糸魚川まで走るルートとした。いよいよ新潟入りである。

 富山市中心部から岩瀬港まではゆるやかな下り。岩瀬港からはほぼ平坦。糸魚川に入る手前にちいさな峠がある。向かい風さえなければ楽に走れるルートだ。

 ルート図でも見て取れるが岩瀬港から糸魚川までは左手に日本海、右手に立山連峰を眺めながらのサイクリング。

 一日の走行距離は約90km、総上昇量360mであった。

 富山市を出発する前にまずは朝食。今日も「吉野家」にお世話になる。富山駅前店である。一昨日朝の福井市では女性店員が独り独楽鼠のように忙しく働いていたが、ここはむくつけき男が二人で切り回していた。この二人はもちろんきちんと働いているが、ここの働きに比べると福井大手店の女性店員の働きは圧倒的であった。改めて「吉野家の社長さん。福井大手店の女性店員さんに倍の給料を払ってやってください」と心の中で3回祈った。

 富山市中心部から神通川沿いに下るつもりで走っていると運河に行き当たった。なにやら立派な施設があり、公園が整備されている。地図で調べてみると「富岩運河還水公園」であるらしい。昭和5年から10年にかけて東岩瀬港と富山市街地の間に水運を開き、臨海工業地帯を形成する目的で開削されたようである。200トン級の船舶の遡航を可能にしたもので2.5mの水位差を調節するためパナマ運河方式を採用しているのだとか。すばらしい。

 公園内の桜が咲き始めていた。「越の彼岸」と「江戸彼岸」という品種らしい。下の写真でよく咲き始めている桜(右)が「越の彼岸」、まだつぼみが多い左の木が「江戸彼岸」。「江戸彼岸」は天皇陛下お手植えの桜であるらしい。

 運河沿い両岸には遊歩道がある。すばらしい。自動車がいない道を快適に海まで下った。

 これが中島閘門。2.5mの水位差を調節するパナマ運河方式ですな。運河のずっと先に雪をいただいた山はおそらく白山であろう。肉眼では山がよく見えているのだが、写真になるとぼんやりとしか写らないのが残念。

 海岸線沿いの道(富山魚津線)には青いラインがひかれて、サイクリストの道しるべとなっている。さらに海岸近くに入ると遊歩道があり、自転車道として整備された区間も多い。富山、新潟はサイクリストを歓迎してくれる県である。

 滑川市に入ると古い建物が残っており旧北陸街道の風情が今もある。

 東滑川あたりからサイクリングコースに入る。

 肉眼では雄大立山連峰が見えるのだが写真では薄いベールがかかったようにぼんやりとしか写らない。今日はどんより曇った天気なので仕方がない。

11;15 入善『牡蠣ノ星』に到着。少し並んで昼食にありついた。ここは全国各地の牡蠣を取り寄せ、富山湾海洋深層水で48時間かけて浄化しているので、この時季になっても生で食べられるのだとか。しかし天邪鬼な私は「サクラマスの炙り」と「牡蠣ごはん」を注文。牡蠣は火を入れた方が好きなのだ。

14:00 断崖絶壁「親不知子不知」を越える。

14:50 姫川を渡り糸魚川市の中心部に入る。姫川はフォッサマグナの西縁、いわゆる糸魚川・静岡構造線に沿って白馬から糸魚川まで流れる川。川の上流の山々が荘厳でいかにもフォッサマグナ

17:00 駅周辺を散策して今日はこの店に決めた。『酒房 しらふじ』。地元の常連さんでにぎわう店。安価で気取らず飲める。よそ者でもすぐ周りになじめる雰囲気がある。たまたまカウンター席で隣り合わせた人は元高校教師。化学を教えていらっしゃったとか。私が姫路から自転車で来たといったら、色紙にサインをしろと仰る。明らかに酔っていらっしゃる様子。適当にごまかすのに苦労した。

 飲んだ酒は生ビールと酒「謙信」を燗で2合。肴は「鯵の刺身」「イカの筒焼き」。〆は「チャーハンの茶漬け」。チャーハンを茶漬けにするなんてと思ったが、どんなものか食べてみたくなり注文した。案外うまい。