佐々陽太朗のチャリチャリ日記

人生いたるところに夏休みあり。佐々陽太朗の自転車日記。60歳と6ヶ月で仕事をリタイア。目指すはピンピンコロリ。死ぬまで元気なジイサンでいたい。輪行自転車旅、ポタリング、日々のトレーニングなど。

チャリンコで東北へ(6日目は富山から糸魚川へ)

2024/04/01

 チャリンコで東北へ向かう旅、6日目はから富山から糸魚川まで走った。

 まずは北へ神通川の河口にある岩瀬港に向かい、海に出たらあとは海岸線を東へ糸魚川まで走るルートとした。いよいよ新潟入りである。

 富山市中心部から岩瀬港まではゆるやかな下り。岩瀬港からはほぼ平坦。糸魚川に入る手前にちいさな峠がある。向かい風さえなければ楽に走れるルートだ。

 ルート図でも見て取れるが岩瀬港から糸魚川までは左手に日本海、右手に立山連峰を眺めながらのサイクリング。

 一日の走行距離は約90km、総上昇量360mであった。

 富山市を出発する前にまずは朝食。今日も「吉野家」にお世話になる。富山駅前店である。一昨日朝の福井市では女性店員が独り独楽鼠のように忙しく働いていたが、ここはむくつけき男が二人で切り回していた。この二人はもちろんきちんと働いているが、ここの働きに比べると福井大手店の女性店員の働きは圧倒的であった。改めて「吉野家の社長さん。福井大手店の女性店員さんに倍の給料を払ってやってください」と心の中で3回祈った。

 富山市中心部から神通川沿いに下るつもりで走っていると運河に行き当たった。なにやら立派な施設があり、公園が整備されている。地図で調べてみると「富岩運河還水公園」であるらしい。昭和5年から10年にかけて東岩瀬港と富山市街地の間に水運を開き、臨海工業地帯を形成する目的で開削されたようである。200トン級の船舶の遡航を可能にしたもので2.5mの水位差を調節するためパナマ運河方式を採用しているのだとか。すばらしい。

 公園内の桜が咲き始めていた。「越の彼岸」と「江戸彼岸」という品種らしい。下の写真でよく咲き始めている桜(右)が「越の彼岸」、まだつぼみが多い左の木が「江戸彼岸」。「江戸彼岸」は天皇陛下お手植えの桜であるらしい。

 運河沿い両岸には遊歩道がある。すばらしい。自動車がいない道を快適に海まで下った。

 これが中島閘門。2.5mの水位差を調節するパナマ運河方式ですな。運河のずっと先に雪をいただいた山はおそらく白山であろう。肉眼では山がよく見えているのだが、写真になるとぼんやりとしか写らないのが残念。

 海岸線沿いの道(富山魚津線)には青いラインがひかれて、サイクリストの道しるべとなっている。さらに海岸近くに入ると遊歩道があり、自転車道として整備された区間も多い。富山、新潟はサイクリストを歓迎してくれる県である。

 滑川市に入ると古い建物が残っており旧北陸街道の風情が今もある。

 東滑川あたりからサイクリングコースに入る。

 肉眼では雄大立山連峰が見えるのだが写真では薄いベールがかかったようにぼんやりとしか写らない。今日はどんより曇った天気なので仕方がない。

11;15 入善『牡蠣ノ星』に到着。少し並んで昼食にありついた。ここは全国各地の牡蠣を取り寄せ、富山湾海洋深層水で48時間かけて浄化しているので、この時季になっても生で食べられるのだとか。しかし天邪鬼な私は「サクラマスの炙り」と「牡蠣ごはん」を注文。牡蠣は火を入れた方が好きなのだ。

14:00 断崖絶壁「親不知子不知」を越える。

14:50 姫川を渡り糸魚川市の中心部に入る。姫川はフォッサマグナの西縁、いわゆる糸魚川・静岡構造線に沿って白馬から糸魚川まで流れる川。川の上流の山々が荘厳でいかにもフォッサマグナ

17:00 駅周辺を散策して今日はこの店に決めた。『酒房 しらふじ』。地元の常連さんでにぎわう店。安価で気取らず飲める。よそ者でもすぐ周りになじめる雰囲気がある。たまたまカウンター席で隣り合わせた人は元高校教師。化学を教えていらっしゃったとか。私が姫路から自転車で来たといったら、色紙にサインをしろと仰る。明らかに酔っていらっしゃる様子。適当にごまかすのに苦労した。

 飲んだ酒は生ビールと酒「謙信」を燗で2合。肴は「鯵の刺身」「イカの筒焼き」。〆は「チャーハンの茶漬け」。チャーハンを茶漬けにするなんてと思ったが、どんなものか食べてみたくなり注文した。案外うまい。