佐々陽太朗のチャリチャリ日記

人生いたるところに夏休みあり。佐々陽太朗の自転車日記。60歳と6ヶ月で仕事をリタイア。目指すはピンピンコロリ。死ぬまで元気なジイサンでいたい。輪行自転車旅、ポタリング、日々のトレーニングなど。

チャリンコで東北へ(7日目は糸魚川から柏崎へ)

2024/04/02

 チャリンコで東北へ行く旅、7日目は糸魚川から柏崎まで走った。昨日富山県から新潟入りしたのだが、新潟は広い。富山県との境から山形県との境までの海岸線がひたすら長い。柏崎まで行っても新潟に入ってから抜けるまでの距離の三分の一のところでしかない。私にとって新潟を訪れたのは今回が初めてのこと。走っても走っても海岸線、それが新潟の印象だ。 

 今日走ったルートは下の地図のとおり。海岸線の道は国道8号線だが、その8割方の道程に自転車歩行者道が整備されている。関係市町に理解があるのか、県の職員にたまたま自転車愛に満ちた方がいたのか、あるいはこの辺り選出の衆議院議員高鳥修一先生が偉いのか知らないが、富山から新潟にかけての自転車道整備状況はすばらしい。ちなみに私、最近になって高鳥先生が「LGBT理解増進法案反対」姿勢を貫かれたことに感服しております。他にも「憲法改正に賛成」「集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成」「日本の核武装について、今後の国際情勢によっては検討すべき」「原子力発電所を再稼働すべき」「選択的夫婦別姓、どちらかといえば反対」等々、まさに保守本流のご主張、全面的に支持いたします。私が新潟県民であれば、清き一票をぜひ高鳥先生に差し上げたい。そう思っております。

 話がチャリンコから逸れてしまった。今日走った道はちいさなアップダウンが在るもののほぼ平坦で、きつい峠は柏崎市米沢町の聖ヶ鼻のあたりだけ。

 一日の走行距離は約85km、総上昇量568mであった。

 今日の朝食はホテルのもの。ビュッフェ形式だかバイキングだか知らないが、安ホテルの朝飯はこんなものです。「文句を言わずに栄養補給に徹すべし」と心得ております。

 7時過ぎにホテルを出発。糸魚川市内を走っていると「池田屋酒造」があった。そういえば昨夜飲んだ酒はこちらの「謙信」であった。

 糸魚川市中心街を出て国道8号線に出る。

7:30 早川河口あたりから東を望む。方角からして気高い山々は妙高戸隠連山か。知らんけど。

 

 早川を渡るとすぐに「久比岐自転車道」に入る。「久比岐自転車道」は、旧国鉄北陸本線の線路跡地を利用した、国道8号に沿って走る自転車と歩行者の専用道路。糸魚川市中宿から上越市虫生岩戸まで全長約32kmにわたって海沿いを走るルートとなっている。

 

 国道8号線を走る自動車を見下ろすかたちで走るのは気分が良い。

 自転車道にはこうしたトンネルがいくつもある。昔はここをSLが走っていたのだ。

8:30 「道の駅マリンドーム能生」に到着。まず「とっとこ岩」と船「越山丸」が見える。「とっとこ」とは糸魚川あたりの方言でニワトリのことをさすらしい。ニワトリに見えなくもない。「越山丸」は新潟県立海洋高等学校(旧県立能生水産高等学校)の実習船として活躍した船らしい。

 再び久比岐自転車道にもどる。

 自転車道に「全面通行止」の立て看板。見なかったことにして通り過ぎる。

9:00 上越市に入る。振り向けば雪をいただく山、おそらく妙高山であろう。

 煉瓦造りのレトロなトンネル。

 本当に行き止まりになってしまった。今年年明けの大地震で崩れたようだ。

 やむを得ず国道8号線を走り、しばらくして自転車道に戻った。

10:10 上越市直江津の町が見えてきた。町の向こうに「米山」が聳える。

11:00 直江津

 直江津から柏崎へも海岸線を走る。

11:20 上越市大潟区で通りがかりに酒蔵を見つけた。「竹田酒造店」という蔵であった。新潟にはめずらしく甘口の酒らしいが、チャリンコ旅で味見はかなわない。「かにふね」という酒、いずれ取り寄せて飲んでみたい。

12:10 上越市柿崎の「中野茶屋」という定食屋で昼食。たまたま通りがかりに見つけた店だったが、刺身も鶏から揚げのあんかけもあさりの味噌汁もたいそううまかった。

13:00 柏崎市に入る。宿までもう少し、今日は楽だったなと思ったらここからが大変だった。

 米山町に入ってすぐ国道8号線から逸れ旧道を行くことにした。8号線のトンネルは大型車の通行も多いので、できれば避けたい。峠(聖ヶ鼻)を苦労して越えようとしたがどうも道が怪しい。たまたま妙高山と岬の写真を撮っている人を見かけたので、この先を抜けることができるかどうか訊ねてみると、無理だということであった、8号線に戻ってトンネルを通るのが唯一の道だという。なんでも中越大震災までは通行できたのだが、震災で崩れてしまったのだとか。仕方がないのでここまで上ってきたという印に写真だけ撮って、8号線のほうへ下っていった。肉眼では岬の先に妙高山が見えていたのだが、写真では写らないのが残念。

 唯一の通り道であるトンネルはこんな酷い様子。歩行者、自転車用の通路が途中で途切れてしまっている。この先は人ひとりがなんとか歩行できる通路があるのみ。仕方なく車の通行が途切れるのを待って、車道を走り出した。後ろから迫ってくる車の音が圧迫感を増す。

 トンネルを越え、しばらく走って「聖ヶ鼻」を振り返る。なるほどこれは通行できそうもない。

 国道8号線をこのまま走って行くともう二つトンネルを越えなければならないので、もう一度旧道を行くことにした。曲がりくねった道を下ったり上ったり労力がかかったが、そのかわり身の危険はない。まだ予約した旅館に入るには早すぎる時間だ。ゆっくり行けば良い。

15:00 鯨波駅と柏崎駅の間にある旅館に到着。一番風呂に入りゆっくりする。

16:00 夕食。素泊まりのビジネスホテルなみの値段でこの夕食と明日の朝食が付いている。文句なし。酒は「越の誉」の生貯蔵酒を飲んだ。

 

チャリンコで東北へ(6日目は富山から糸魚川へ)

2024/04/01

 チャリンコで東北へ向かう旅、6日目はから富山から糸魚川まで走った。

 まずは北へ神通川の河口にある岩瀬港に向かい、海に出たらあとは海岸線を東へ糸魚川まで走るルートとした。いよいよ新潟入りである。

 富山市中心部から岩瀬港まではゆるやかな下り。岩瀬港からはほぼ平坦。糸魚川に入る手前にちいさな峠がある。向かい風さえなければ楽に走れるルートだ。

 ルート図でも見て取れるが岩瀬港から糸魚川までは左手に日本海、右手に立山連峰を眺めながらのサイクリング。

 一日の走行距離は約90km、総上昇量360mであった。

 富山市を出発する前にまずは朝食。今日も「吉野家」にお世話になる。富山駅前店である。一昨日朝の福井市では女性店員が独り独楽鼠のように忙しく働いていたが、ここはむくつけき男が二人で切り回していた。この二人はもちろんきちんと働いているが、ここの働きに比べると福井大手店の女性店員の働きは圧倒的であった。改めて「吉野家の社長さん。福井大手店の女性店員さんに倍の給料を払ってやってください」と心の中で3回祈った。

 富山市中心部から神通川沿いに下るつもりで走っていると運河に行き当たった。なにやら立派な施設があり、公園が整備されている。地図で調べてみると「富岩運河還水公園」であるらしい。昭和5年から10年にかけて東岩瀬港と富山市街地の間に水運を開き、臨海工業地帯を形成する目的で開削されたようである。200トン級の船舶の遡航を可能にしたもので2.5mの水位差を調節するためパナマ運河方式を採用しているのだとか。すばらしい。

 公園内の桜が咲き始めていた。「越の彼岸」と「江戸彼岸」という品種らしい。下の写真でよく咲き始めている桜(右)が「越の彼岸」、まだつぼみが多い左の木が「江戸彼岸」。「江戸彼岸」は天皇陛下お手植えの桜であるらしい。

 運河沿い両岸には遊歩道がある。すばらしい。自動車がいない道を快適に海まで下った。

 これが中島閘門。2.5mの水位差を調節するパナマ運河方式ですな。運河のずっと先に雪をいただいた山はおそらく白山であろう。肉眼では山がよく見えているのだが、写真になるとぼんやりとしか写らないのが残念。

 海岸線沿いの道(富山魚津線)には青いラインがひかれて、サイクリストの道しるべとなっている。さらに海岸近くに入ると遊歩道があり、自転車道として整備された区間も多い。富山、新潟はサイクリストを歓迎してくれる県である。

 滑川市に入ると古い建物が残っており旧北陸街道の風情が今もある。

 東滑川あたりからサイクリングコースに入る。

 肉眼では雄大立山連峰が見えるのだが写真では薄いベールがかかったようにぼんやりとしか写らない。今日はどんより曇った天気なので仕方がない。

11;15 入善『牡蠣ノ星』に到着。少し並んで昼食にありついた。ここは全国各地の牡蠣を取り寄せ、富山湾海洋深層水で48時間かけて浄化しているので、この時季になっても生で食べられるのだとか。しかし天邪鬼な私は「サクラマスの炙り」と「牡蠣ごはん」を注文。牡蠣は火を入れた方が好きなのだ。

14:00 断崖絶壁「親不知子不知」を越える。

14:50 姫川を渡り糸魚川市の中心部に入る。姫川はフォッサマグナの西縁、いわゆる糸魚川・静岡構造線に沿って白馬から糸魚川まで流れる川。川の上流の山々が荘厳でいかにもフォッサマグナ

17:00 駅周辺を散策して今日はこの店に決めた。『酒房 しらふじ』。地元の常連さんでにぎわう店。安価で気取らず飲める。よそ者でもすぐ周りになじめる雰囲気がある。たまたまカウンター席で隣り合わせた人は元高校教師。化学を教えていらっしゃったとか。私が姫路から自転車で来たといったら、色紙にサインをしろと仰る。明らかに酔っていらっしゃる様子。適当にごまかすのに苦労した。

 飲んだ酒は生ビールと酒「謙信」を燗で2合。肴は「鯵の刺身」「イカの筒焼き」。〆は「チャーハンの茶漬け」。チャーハンを茶漬けにするなんてと思ったが、どんなものか食べてみたくなり注文した。案外うまい。

 

チャリンコで東北へ(5日目は金沢から富山へ)

2024/03/31

 チャリンコで東北へ向かう旅、5日目は金沢から富山まで走った。

 金沢から直接富山へ向かわず、幾分回り路をして雨晴海岸を経由した。今日の天気、気温だとなかなか難しいかもしれないが、富山湾越しに立山連峰の雄姿を見ることができるかもしれないと期待してのこと。4年前に雨晴海岸から氷見までサイクリングしたことがあるのだが、あのとき見た絶景をもう一度見たい。あのとき観た景色がこれです。

jhon-wells.hatenablog.com

 今日走ったルートは下の地図のとおり。高度グラフのとおり今日も平坦な道程をゆっくり走った。ゆっくり走って走行距離約82km。総上昇量306mであった。

7:10 金沢駅

 金沢の朝はミステリー♬  駅に程近い『ミステリーカフェ 謎屋珈琲店 金沢本店』で朝食。このカフェにはミステリーにちなんだメニューがたくさんある。たとえばブレンドコーヒーだと「エラリー・クイーン'S アメリカンブレンド」「エルキュール・ポアロ'S マイルドブレンド」「フィリップ・マーロウ’S ストロングブレンド」といった具合。オリジナルフードにはクイズが付いており、20問全てに正解すると公式名探偵に認定され「名探偵証明証」が進呈されるという。オリジナルフードは「ミス・マープルのメープルワッフル」「緋色の研究」「黒猫の三角」「マリオネットの罠」「Xの悲劇」「Yの悲劇」などミステリーファンにはたまらないネーミングだ。私がいちばんうれしいのは「島村圭介のホットドッグ」だ。私の大好きな藤原伊織氏の小説『テロリストのパラソル』の一場面に出てきたホットドッグを再現している。このホットドッグは私も小説を真似て作ってみたことがある。

 さて今朝食べたのは「シャーロックホームズの朝食セット」。コーヒーにサラダ、それにウインナー、ハム、ハムエッグを載せたトーストというメニュー。ハムエッグ・トーストにはチーズが入っている甘みのあるソースがかかっておりなかなかうまい。

jhon-wells.hatenablog.com

 

 空腹を満たしたあとは雨晴海岸をめざす。道は平坦なのでのんびりゆっくり行くつもりだ。ただ気は抜けない。道路には裂け目がけっこうあり、特にロードバイクのようにタイヤが細いとその裂け目にタイヤがはまり込みハンドルが効かず転倒するおそれがある。特に冬に道路が凍結するような北国に多い気がするので要注意だ。実際に私は4年前に能登島を走ったとき、次の交差点で二股の道の左右どちらに行くべきかをGoogleマップで確認しているうちに溝にはまり込んでしまって転倒したことがある。幸い大けがにはならなかったが、膝に大きな傷を負った。翌日になって、石川県の道路を管理しているのであろう部署へ場所と写真をメールでお知らせしたのだが、その後なしのつぶてだった。すぐに修復してくれるとまでは期待しないが、せめて嘘でも「善処します」ぐらいの返事は欲しかった。今回はグラベルロードに乗っておりタイヤが幾分太いので少しは安心だが、その太めのタイヤでもはまり込みそうな溝がたまにある。下の写真のような状態だ。

9:35 富山県に入る。

10:00 「道の駅 メルヘンおやべ」でトイレ休憩。なぜメルヘンなのか。そういえば小矢部市にはメルヘンチックというか、洋風というか周りにそぐわない建物がチラホラあるように思う。それを素敵だと見る人もあるだろうが、私の目には醜悪と映ってしまう。だって町全体は山も木も家々も普通に和風だもの。和装の人がフェラガモの靴を履いてもなぁ。メルヘンという言葉からイメージするのは子ども、あるいはティーンエイジャーの夢みる乙女。しかし「道の駅 メルヘンおやべ」には子どもも若者も一人もいなかった。私を含め年寄りばかりである。いや小矢部市ディスる意図はない。ただ、だったらなぜメルヘンなのかと思っただけだ。

 いつものようにここでも甘いものを摂取。桜道明寺やら苺大福やら豆大福やらが並んでいた中で「草もち」を選んだ。お茶は黒豆茶。私は口に入れるものまで爺むさい。ここで初めてお目にかかったのだが「昆布もち」なるものがブレークしかけているようである。店の人に「これ甘いの?」と訊ねてみたが、うすい塩味だとか。試してみたい気もあったが、疲れているときは甘いものの方が良いのでやめた。

 国道8号線を避けて、Googleマップをたよりに脇道を走る。未舗装の悪路もあるが、車にあおられないのがうれしい。小矢部川土手沿いの道は車が入らず、揚げ雲雀なのりいで、牧歌的なサイクリング。すべて世は事も無し。

11:50 雨晴海岸に出る。眼前に拡がる富山湾。天気はそう悪くないのだが、その先に立山連峰は見えない。残念。男岩を眺めているとちょうどJR氷見線の列車が通りがかった。慌ててカメラを出して撮影。欲張って自転車も入れて撮ろうとして構図が変になった。撮り鉄坊やも映り込んでしまった。

 小矢部川河口を渡る「伏木万葉大橋」には大伴家持の歌碑が4首刻まれていた。家持は越中に国守として赴任していたのだとか。「立山に降り置ける雪」を見たかったなぁ。まさしく私も4年前、富山湾越しに立山連峰を見たとき、立山は神の山にちがいないと思った。

13:00 射水市西新湊「ひさみなと食堂」に立ち寄る。炭水化物過剰のラーメンとチャーハンのセットをいただく。世の人は一週間あるいは十日自転車旅に出ると激ヤセして帰ってくるのではと思うらしいが逆だ。私は却って肥ってしまう。原因はこれだ。

14:45 神通川を渡り、富山駅周辺に到着。

 18時過ぎに居酒屋を求めて町に出た。しかしお気に入りの居酒屋も行きたいと思っていた居酒屋も全て閉まっている。今日は日曜日。富山の居酒屋は休んでいることが多い。仕方なく駅隣接施設で済まそうとしたが、駅周辺は観光客がひしめいていた。閉まっている店が多いための夕食難民である。良さげな店は行列待ちだ。信号待ちに中学生くらいの子どもを二人連れた夫婦と隣り合わせたが、なんとなくお父さんが責められている。日曜日に店が閉まっているのも、観光客でごった返しているのもお父さんのせいではない。しかしそれでもお父さんは辛抱して善後策を練っている様子。大変だなぁ。日々の仕事に疲れ、たまの休みの家族サービスだろうに。「神よ。このお父さんにこの春大幅賃上げを!!」と心の中で3回祈った。

19:00 さんざん探し回った後、行き当たったのがここ。「地魚屋 BISTRO la baie」である。一時間近く、店を求めて歩き回ったことになる。ただ飲むだけなら入れそうな店はたくさんあったが、どうせならおいしい料理が食べたい、レモンサワーなんぞではなくうまい酒が飲みたい。その一心の執念である。

 落ち着きのある佇まい。「地魚屋」というのも期待させる。ビストロを名乗るからにはフランス料理。日本酒は期待できないだろうがワインも嫌いではない。問題なかろうとドアを開け訪いをいれた。

 店内は落ち着き、静かに音楽が流れている。カウンターの端に陣取った。カウンター奥に日本酒のメニューが見つかった。良し!! さっそくご当地の酒「林」を注文した。立山連峰の水で醸した日本海の酒だ。お通しに燻製にしたホタルイカがでてきた。これまた良し。つまみに一品「生ハム」を注文した。

 酒に合うからと岩塩を出してくれた。ヒマラヤのものだそうで、粒をカリッと砕くとなんとなくゆで卵を思いうかべる香りがした。なんだろうと考えて、硫黄の匂いではないかと思い当たった。おそらくミネラル分がたっぷりなのだろう。なるほどこれで酒がいける。

 続いて「千代鶴」。

「黒ムツのポワレ

根知男山 純米」 新潟県糸魚川市の酒。明日、糸魚川に行く。

「黒牛 純米」 なぜか和歌山の酒を置いている。和歌山の酒と言えば最近は「紀土」を置いている店が多いが「黒牛」を置いているとはなかなか目が高い店とみた。料理が生きる酒だと思う。

 〆のパスタは「富山ブラック風牡蠣のパスタ」。店主にお任せで作ってもらった。富山ブラックらしく塩味が強めで酒がすすむパスタだ。おそらく私が自転車で富山まで来たと話したので、こういう味付けにしてくれたのだろう。

 いやはやたまたま行き当たった店だったが良い縁だった。再訪したい店がまたひとつ増えた。

 

チャリンコで東北へ(4日目は福井から金沢へ。金沢の夜は『彌助』で)

2024/03/30

 チャリンコで東北へ向かう旅、4日目は福井から金沢まで走った。天気は上々。道は平坦。もっと先まで走れなくもないが金沢には行きたい寿司屋がある。めざす東北はまだまだ先だが、なに到達できなくとも誰に迷惑をかけるわけでもない。うまい酒、うまい寿司、今日一日を楽しむ。それだけだ。

 走ったルートは下の地図のとおり。車は多いが広く走りよい道がほとんど。高度グラフにあるように、大きな峠もない。ゆっくり走って走行距離約83km。総上昇量297mであった。

6:30 福井を出発。福井城跡の桜は未だつぼみのまま。

6:40 朝食に『吉野家 福井大手店』に立ち寄る。未だ閉まっており、開店時間は7時であった。椎名誠氏のエッセイを読みながら開店を待つ。

7:00 開店時間ちょうどに店の入り口に行くと、80歳ぐらいのジイサンが私の横に並んだ。この辺りの人のようで、一人暮らしで朝メシを食べに来たふうである。私がドアを開けると、さっと横入りして先に入った。なんだ、なんだ? このジジイ入店一番乗りを競っているのか?? 俺はドアボーイじゃないぞと思いながら店に二番手で入る。さきほどのジジイは手慣れた様子でセルフサービスの水をグラスに注いでいる。私は店のいちばん奥、窓際の席に荷物を降ろし腰掛けた。するとさきほどのジジイはなんとすぐ私の隣の席に座るではないか。開店直後で客は私とそのジジイ二人だけである。普通、私とは対角線反対側の席あたりに座ろうとするのではないか。同じ側に座るにしてもすぐ隣りではなく、テーブル一つ空けて座るだろう。私は別の席に移動しようかと思ったが、なんだかそれも癪だ。そのままにしていた。

 店員のうら若き娘がお茶を持ってきて、まずそのジジイの注文を訊く。ジジイは常連なのだろう。メニューも見ずにすらすら注文する。娘は私の注文も訊くとお支払いは別々ですかと尋ねる。私をそのジジイの連れだと思っている。そりゃそうだろう。未だ二人だけの客が隣り合わせて座っているのだ。勘違いするのも無理はない。きっぱりと「別で!!」と宣言した。

 注文したのは牛丼あたまの大盛りとお新香のセット。味噌汁も付いている。紅生姜はテーブルに備えてあるものを自分でトッピングする。私はいつも山盛りにする。そしてご飯と肉、紅生姜を一緒にワシワシと頬ばって食べる。すると先に肉と紅生姜がなくなってしまい、丼に半分ぐらいの飯が残る。その飯もつゆがかかっておいしいのだが、もう一度紅生姜をたっぷり載せる。吉野家にすれば原価の高い歓迎すべからざる客、それが私である。自覚はあるが、それをやめる気はない。

 牛丼を食べていると、店には次々と客が入ってきて店内は十数人になった。ドライブスルーの注文も入っている様子。しかし店員の姿はさきほどのうら若き娘ひとりしか見ない。その娘の声しか聞こえない。ドライブスルーの注文もその娘が対応している。なんとたった一人でこの店を切り盛りしている。ひょっとしたら今日は相方が急に休んでしまったのかもしれない。次から次に来る客にお茶を出し、注文を訊き、給仕する。会計もやる。すごいぞこの娘。拍手(^-^)//¥¥ぱちぱちものである。私なんぞ、日がな一日チャリンコでうろつき、腹が減ったと言ってはあれこれ見境なく食べ、喉が渇いたと言ってはビールをぐびぐび飲み、疲れたと言ってはベッドで大の字になって寝ているバチ当たりだ。この娘は朝早くから独楽鼠のごとく働いているではないか。なんとけなげな。私は恥ずかしい。私も少しは生活態度を改めねばならぬなと考えかけたがすぐに忘れることにした。せめてもの償いにと「神よ、吉野家の社長よ、この娘にこの春、大幅賃上げを!」と心の中で3回祈った。

 7:50 九頭竜川を渡る。

 小松方面へ向かう道は広く走りよい。

10:00 『ファミリーマート加賀伊切町店』で糖分補給。

 小松に入ると道はさらに走り良い。小松から加賀へは健民自転車道と銘打って自転車が走りやすい道路になっている。

 小松市安宅新町から金沢市佐奇森町まで約24km、海岸線を走る自転車道が整備されているが、「通行止め」の表示。かまわず走ってみるが、しばらく走ると冬の荒波に運ばれた砂が堆積してタイヤがめり込んでしまう。いかにグラベルロードとはいえ、これは危険と一般道に戻る。

11:20 手取川を渡る。

12:40 金沢駅に到着。駅地下に駐輪場があった。ここも敦賀と同様に無料。無料だから駅周辺の路上駐輪が減るのだろうなぁ。

 何はともあれ駆けつけ三杯。金沢駅構内に最近オープンしたらしい『SAKE食堂 by 農口尚彦研究所』での立ち吞みだ。農口尚彦氏といえば酒造りの神さま。料理をおいしくいただくための酒。山廃造りを極めた方だ。ありがたくテイスティングさせていただいた。

 ほろ酔い気分で駅近くのホテルにチェックイン。夜になって夕食に出かけた。今宵は金沢駅のすぐ東にある『本店 加賀 彌助』。ちょいとした贅沢だ。

 店に入るとカウンターに案内された。カウンターの中で庖丁を握るのは親父さんとお嬢さん。娘さんかどうか知らないが、キリッとした感じの美人だ。店に居る間、何度も外国人観光客が来たが、満席なので断っていた。英語が堪能な様子である。

 酒は「加賀鳶」。お通しに「ホタルイカの沖漬け」がでてきた。やはりうまい。酒がすすむ。

「バイ貝塩焼き」 これまた乙です。酒がさらにすすむ。農口尚彦さんの酒を注文した。

 カウンターの中のお嬢さんが「なにか刺身にしましょうか」と訊ねてくれた。「三種ばかり見つくろってください」とお願いした。鰤、オキスズキ、鯵。オキスズキは初めて食べた。白身に上品な脂がのっている。ほんのり桜色が美しい。臭みがなく見た目以上にしっかりとした歯ごたえ。よく噛むと旨味が口中に拡がる。うまい魚だ。

 あとはお任せで握ってもらった。どれもすばらしくうまい。出されるとすぐに口に運びたくなり、二つ三つ写真を撮り忘れた。一番最後まで居させてもらい、大満足で店を後にした。

 

チャリンコで東北へ(3日目は敦賀から福井まで)

2024/03/29

 チャリンコで東北へ向かう旅、3日目は敦賀から福井まで走った。

 朝、目覚めて窓から外を眺めると雨がしとしと降っていた。おんぼろ安ホテルでの宿泊だが、窓から敦賀駅の表玄関が見える。これだけはちょっとした贅沢だ。

 素泊まりなので、敦賀駅周辺になにか食べものを探しに出かける。駅併設の敦賀駅交流施設オルパーク内に立ち食いうどん屋があった。店に近づくと昆布とかつおの出汁の香りが食欲をそそる。天ぷらうどんとおにぎりを2個食べた。うどんは関西風のダシがきいたもの。麺はやわやわの腰抜け。これまた関西でよくあるうどん。チープだがこれはこれでなんだか懐かしい感じで好きだ。おぼろ昆布をまとったおにぎりがおいしい。一つは梅、もう一つは塩昆布が入っていた。朝から炭水化物過剰気味だが、これが走るエネルギー。

 10時頃まで雨が降った。今日は福井までと割と近距離の走行予定なので雨上がりを待ってゆっくりスタートした。

 本日の走行ルートは下の地図のとおり。ほぼ国道8号線に沿って走って福井市にたどり着くルート。前半は上り坂が多く、中盤から下り、越前市に入ってから福井市まで終盤は平坦な道程。3日目ともなると上り坂が少し堪える。トンネルも多い。トンネル内で大型トラックに幅寄せされ危険を感じることもあった。走行距離は約57km。総上昇量475m。激坂ではないが、思ったよりきつかったのは昨夜飲み過ぎたせいか。

 敦賀駅周辺の商店街には漫画家・松本零士氏の「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」の名場面を再現したモニュメント像がある。全部で28体あるらしいが、全てを見てまわる時間はない。いくつか見てメーテルに別れを告げた。

10:25 敦賀港。

12:20 「道の駅 河野」。昼食ににしん蕎麦を食べた。

14:00ごろ。鯖江「歴史の道」を進む。一見何の変哲もない住宅街だが、旧北陸道沿いに立ち並ぶ家々がなんとなく風情がある。道が赤茶けているのもこの辺りの道路の特徴。おそらく冬に融雪のために流す水の鉄分が錆びるのだろう。知らんけど。

 15:15 福井市中央一丁目の蕎麦屋「福そば」に到着。近くに予約したホテルもあるので、何はともあれ酒を飲むことにした。この時間に店を開けている蕎麦屋は酒飲みにはありがたい。「福井の焼き油揚げ」と「そばの味噌焼き」を肴に酒「一本義」をやる。福井県は奥越前勝山の酒だ。旅に持参した本を読みながらゆっくりと盃をかたむけた。〆は「おろしそばとソースカツ丼のセット」。ソースの沁みたカツを肴にビールをグイッとやるとたまらない。おろしそばは滅多矢鱈とうまかった。大満足。勘定の時にご主人と少し喋らせていただいた。福井ではカツ丼といえば「ソースカツ丼」。卵とじの一般的なカツ丼は「上カツ丼」と言うのだとか。ご主人もミニベロでの旅を楽しまれているようで、私が姫路から来たと言うと、どうぞご無事で良い旅をと励ましてくださった。

 

チャリンコで東北へ(2日目は舞鶴から敦賀へ)

2024/03/28

 チャリンコで東北まで走ろうという旅。今日は2日目である。当地の天気予報をチェックすると午後から天気が崩れそうな予報。雨の中を走るのはいやなので早めに出発し、正午頃には宿泊地に着いていたい。今日の目的地は敦賀にした。舞鶴からだと80kmほどの距離である。朝6時に出発すればゆっくり走っても正午に到着できそうだ。

 ホテルをチェックアウトしたのは5:30。外は未だ暗かった。まずは腹ごしらえ。ホテルの近くのセブンイレブンで焼きうどんを買って朝食とした。炭水化物が気になるが、とにかくエネルギーが必要だ。

 今日走ったルートは下の地図のとおり。舞鶴から高浜町、あおい町、小浜市若狭町美浜町を抜け敦賀市に至るルートをとった。ほぼ国道27号線に沿って走る比較的平坦な道程だ。下の高度グラフにも見て取れるとおり、二つのちいさな峠があるだけで、さほど急な上り坂はない。しかし風が強かった。「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」という道真の歌があったが、そんな悠長な気分でいられないほどの厳しい風であった。ほぼ東に向かうルートなのでもろに向かい風となる。また北へ走るときには突風に自転車を持って行かれそうになる。片手ハンドルで嘗めた運転をしていると転倒、いや下手をすれば転落しかねないほど危険な突風が吹いた。今日は一日慎重に走った。一日の走行距離は82km、総上昇量595mであった。

5:30 セブンイレブンの焼きうどんを温めてもらって食べる。わびしい食事だが、こんな時間とあってはやむを得ない。

6:20 京都府を抜け福井県高浜町に入る。

 国道27号線は車の往来が多く、何の変哲もないおもしろくない道だが、中津海から大飯高浜鐘寄海岸沿いの遊歩道を走って景色を楽しんだ。

9:20 「ローソン若狭脇袋店」でコーヒーブレーク。甘いものが欲しくなり「あんフランスパン」を購入。これだからいくら走っても痩せられない。だが走れば走るほど脳が糖分を欲する。そして私は欲望に弱い。

11:25 長い旗護山トンネルを抜けるとそこは敦賀市であった。

12:00 敦賀駅近くの『ヨーロッパ軒駅前店』に到着。行列こそないものの、店内で数人の待ち客があり満席。人気の程がうかがえる。名物「ソースカツ丼」を注文。やや薄めのトンカツにきめ細かいパン粉がまぶさってカラッと揚げてある。優しい味のソースがかかっており、そのソースが沁みたごはんもうまい。人気があるのも頷ける。ただ「ソースカツ丼か甘辛い卵とじカツ丼、どちらかを選べ」と言われれば、私は後者を選ぶ。しかしこれも食べ慣れた味となれば、福井県民のソースカツ丼推しも良く分かる。なんというか懐かしさを感じるような味である。

 ホテルにチェックインするには早すぎるので駅周辺で時間をつぶした。駅前にある施設群”otta”が素晴らしい。中でも「ちえなみき」という施設が素晴らしかった。なんというか知的で優雅なスペースなのだ。何でも丸善雄松堂・編集工学研究所が運営する新しいスタイルの書店なのだそう。3万冊を超える本が、まるで迷路のような書棚に並んでいる。本好きならワクワクせずにいられない迷宮であります。中には中道源蔵茶舗のカフェが併設されており、書店内各所に配置されたテーブルで本に囲まれながら本格正統のお茶をいただける。しかもそのテーブルあるいは椅子にAC電源がそなえてあり、私のようなモバイルPC派にはうれしい心遣いだ。あぁ、私の住む姫路にもこんなスペースがあればいいのにと敦賀市民をうらやむばかり。うらやましいといえば、駅の東口の駐輪場はなんと料金がタダであった。姫路市にもこうした姿勢を見習っていただきたいものだ。

 夜は居酒屋『寿兆』を訪れた。まったく下調べをせず、勘で選んだ店だったがアタリであった。繁盛店のようで店は満席だったが、なんとかカウンターの隅に入れてもらうことができた。

 酒は「早瀬浦 純米」を冷やと燗で。肴は「富山産ほたるいか酢みそ和え」「穴子の天ぷらおろしじょうゆ」「ハタハタの塩焼き」。〆は「カレーナンのチーズ焼」と「サッポロラガー赤星」。すべておいしゅうございました。

 店主も店員も気遣いが行きとどいていた。また敦賀を訪れることがあれば再訪したい店である。

 

チャリンコで東北へ(1日目は京都府舞鶴まで)

2024/03/27

 チャリンコで一人旅に出かけた。行き先は東北である。なぜ東北なのか。別に恋に破れたわけではない。そう言えば些か唐突に聞こえるかもしれないが、人はなぜか恋に破れると北へ旅するものらしい。定説である。しかし齢64のジジイに恋もへったくれもない。目的はただただ春の到来を慶びたい。それだけである。春の到来をいちばん心待ちにしているのはどこか。北国である。なんとなく越中、越後、東北地方といった豪雪地帯は切実に春を待ち望み、春が到来するや、心の底から慶び、はっちゃけていそうな気がするのだ。そして春といえば花。花といえば桜に決まっている。今年1月31日発表の日本気象協会による桜の開花予想は「今年の桜の開花は、3月19日に福岡・高知からスタートする見込みです。20日には熊本や東京などで、21日には広島、名古屋などでも開花し、3月末までに、九州から北陸にかけての広い範囲で開花するでしょう。4月に入ると、桜前線は東北まで北上し、4月2日には仙台で、19日には青森で開花する見込みです。」であった。ちなみに金沢の開花予想は3月27日、新潟は4月2日、秋田4月15日、青森4月19日であった。3月下旬に家を出発し、北陸から東北へと進んでゆけば桜がちらほら咲き始めるのを眺めながらサイクリングできるのではないかと考えたのだ。私もそうそう暇ではない。さすがに秋田、青森の開花を見ることはかなわないが、それでも私の後を追いかけて桜前線が北上してくるだろう。イメージは「花咲かじいさんサイクリング」なのであった。しかし自然は人間の思うとおりにはならないものである。その後、急激な冷え込みもあったからだろう、開花は遅れている。現在の予想では金沢が4月3日、新潟は4月5日、秋田4月10日、青森4月19日といったところのようだ。現に今日現在、私の家のまわりを見てもまったく開花していない。目論見ははずれてしまったが、せっかくたてた旅行計画である。花はなくとも春の兆しを感じることはできるだろう。ちょうど新酒がうまいころ、春を感じる食材もでてくるはずだ。家から京都、福井、石川、新潟、山形、秋田、青森へと北へ北へペダルを踏んで行けるところまで行くつもりだ。4月の8日には帰宅せねばならず、どこまで行けるか分からないが、目標は津軽海峡をこの目で見る。しかし無理はしない。旅は楽しみたい。苦しいのはいやだ。かなわなければあっさり鉄道で引き返し、来年以降また捲土重来を期するついもりである。

 今回の旅に携える本は2冊。まず『人はなぜ恋に破れて北へいくのか ナマコのからえばり』 (椎名誠:著/集英社文庫) 。旅によく携行させていただくシーナさんのエッセイである。本棚の積読本からタイトルで選んだ。人が北へ向かう心情を深く、否、軽薄に分析してみたい。もう一冊は『天ぷらにソースをかけますか?―ニッポン食文化の境界線』(野瀬泰申:著/新潮文庫)である。食べものの食べ方にどのような地域性があるかについて書かれた本である。その代表的なものが「天ぷらにソースをかけて食べるかどうか?」問題だ。調べてみると東日本側と西日本側で食文化の傾向に明確な差があり、その境界線は糸魚川ー静岡構造線(フォッサマグナの西端)とほぼ一致するという。天ぷらにソースをかけるのは、その西日本側に多い傾向がハッキリしているらしいのだ。今回の旅で新潟糸魚川を通過する。果たして糸魚川を境に食文化の差を見ることができるかどうか、楽しみである。そしてソースといえば福井県の県民食として「ソースカツ丼」なるものがあるらしい。「薄くスライスされた豚肉をきめ細かいパン粉でカラッと揚げ、熱々のうちにソースに絡めたカツをご飯にのせた料理」のようである。これもまたソース文化の表れとも言えるだろう。トンカツを食べるときソースをかけるのは一般的だろう。しかしカツ丼となるとやはり玉ねぎやネギと合わせた卵とじのものを想像するし、それは天丼と並んで丼物の双璧をなすのではないか。それをシンプルにソースのみを絡めて載せるという福井県民推しの「ソースカツ丼」がどれほどのものか興味津々といったところ。老舗洋食店「ヨーロッパ軒」が発祥らしいので、できれば訪問して実食したい。

 

 1日目に走ったコースは下の地図のとおり。自宅から北東へ(地図では斜め右うえに)走って舞鶴に抜ける。走行距離は約115kmであった。総上昇量は819mと厳しい上りではないが、いくつかの峠を越えて日本海に到達する道程である。
 朝6:20に家を出発して、昼食を丹波市市島町蕎麦屋『そばんち』で食べ、東舞鶴の居酒屋『炭火居酒屋 弾正』に到着したのが16:00の開店前。約9時間40分かかった勘定である。ホテルへのチェックインを後回しにして、開店早々店に入った。猛烈に腹が減っていたし、アルコールにも飢えていたのだ。

6:20 自宅を出発。

7:30 市川町『天然かさがた温泉せせらぎの湯』トイレ休憩。桃の木の花は咲いていた。

9:05 多可町大池桜新道。桜のつぼみはまだまだ硬し。

11:00 市島町『そばんち』で昼食。注文したのは「Cランチ」(1,500円)。二八の盛り蕎麦に鴨蕎麦雑炊がついたセット。二八蕎麦は美しく腰がしっかりしたもので食べ応えあり。雑炊は優しい味だが、ハバネロ泡盛で漬けたものをかけるとピリッとしてまたうまい。

12:10 京都府に入る。

13:50 綾部市『景徳山安国寺』に立ち寄る。足利尊氏生誕の地らしい。茅葺きの風情ある寺でした。茅葺き修復のために一口だけ寄付させていただきました。

14:25 舞鶴市に入る。

16:00 東舞鶴の市街中心部に到着。猛烈に腹が減り、喉も渇いていたので、とりあえず開店直後の『炭火居酒屋 弾正』で酒を飲む。酒は大将のおすすめで「謙信 純米吟醸」「紀土 純米大吟醸」「會津龍が沢 純米大吟醸」をやる。すべて500円。肴は「鯵のたたき」600円。「地魚で作った南蛮漬け」550円。「弾正シューマイ」4個 500円。「焼きおにぎり」2個 500円。